■特集「美しい国づくりと観光」座談会
1 川越のまちづくり、その成功の秘訣は?
2 さらなる観光都市「川越」をめざして −観光インフラ整備−
3 期待される測量業と測量業再生のヒント

 
 
さらなる観光都市「川越」をめざして 観光インフラ整備
   
  1.複合型・ネットワーク型の観光をめざして
   
馬場

発展途上国だけでなくアメリカのような先進国でも観光関連が、かなり重要な産業になっていますよね。従来型の風光明媚な観光を楽しむというよりは、ビジネスや会合で来た時に、趣味の音楽や美術の鑑賞とか美味しい食べ物を楽しむなど、視・聴・味の感性に訴えるような都市型の観光がこれから必要になるように思います。また一方では、建物の景観が非常に重要になってくると思いますね。

   
藤井 もっと「体験」できるようなものがあればいいのになと思います。菓子屋横丁(図−9)は、大人にとっては幼い頃のノスタルジーを感じ、また、子供にとっては初めて経験するお菓子の王国なのです。こんな、色んな世代の人が一緒に遊べる空間が楽しいですね。
   
馬場 そうですね。色んな人がおり、しかも、それぞれの人が多趣味で、楽しみ方が多様化しているので、食べるのが好きな人・音楽が好きな人・美術が好きな人のそれぞれに合った体験ができる色んな仕掛けがないと複合的な都市として発展していかないと思います。川越には特別に風光明媚なところが無いですから。
   
西澤 川越にも博物館や美術館はあるけど、充分なのですか。
   
馬場 沢山ありますが、充分とは言えません。美術館や博物館は、バブルの頃に行政が作った大きなハコモノよりも、町の中に特色のある美術館や博物館があって、自分の好きな作家の作品を見て回るのが主流になっているのではないでしょうか。ですから、川越には橋本雅邦の作品を持っている山崎美術館や船津蘭山の作品がある蘭山美術館のように、個性的なミニ美術館やミニ博物館をあちこちに作るのがよいのではないかという気がします。
   
西澤 川越にはJRの川越駅、西武線の本川越駅、東武東上線の川越市駅、中心街でないところの駅もいれると市内に9つも駅があります。以前に3線合同といって、JR・西武・東武の3つの駅を一箇所に統合しようという案が出されたことがあったのですが、一箇所に集めるのではなく、それぞれの駅がそれぞれの役目を担うことによって都市機能をうまく発達させればもっといい町になるのではないかと思いますが・・・・。
   
馬場 3線合同の駅を作るのが目標だった時期がありましたが、それができなかった。でも、無理やり本川越・川越市駅・川越駅を一つに小さくまとめなかった結果、これらの3つの駅が形づくる三角形の周辺に色々なゾーンが生まれることになった。この三角形を面として開発すると面白い展開ができるかもしれません。ひょっとしたら、夢と希望に溢れるトライアングルゾーンになるかも・・・・。

具体的には、川越駅の西口開発を進める時に他の2駅との連携をとるようにしようという都市構想が出来ているのですが、市町村合併問題も絡んできて、地域ふれあいセンターをどうするとか、地元との話し合いとか、予算がないからPFIなどを使いながらとか、かなり広域の問題として取り扱うことになり、県の意向が強く反映されることもあって、実現できるかどうか分からない状況です。

   
西澤 川越単独ではなくて、地域の特徴のあるところとの組み合わせを考えるというのも大事でしょうね。
   
馬場 秩父、所沢、越生の梅林、遠くでは伊香保の温泉地など、広がりを持ったなかで川越を演出することが必要だと思いますね。川越は元々、江戸時代に権勢を振るった喜多院の天海僧正が、江戸に運ぶ物産を集中させる場所として選んだことに始まります。戦になると直ぐに押さえられる甲州街道・中山道などの主要街道から外れた場所というのが選定条件でした。ですから、川越の道路は戦略上、外に向かって放射状に延びており、物資とともに人も一緒に移動したので古くから栄えていました。当時から、周辺地域の人々は川越に来ることを一つのイベントとして考えていましたので、この放射状の道路網を生かして、川越を拠点にしてあちこちを観光したり、周辺の観光のついでに、川越へ立ち寄ってもらえるような仕掛けが作れるとよいと思います。
   
  2.暮らしぶりの光を観てもらう
   
西澤 平成11年(1999)頃に、観光客や地元の人に行ったアンケートでは、川越を訪れる人の男女比率は4:6で女性が多く、県外と県内の人数比は半々ぐらい、県外の人のうち東京都内の人が約半分、年代別では50〜60代が全体の約半分を占めています。最近は、修学旅行の疑似体験を川越でさせるという中学校が多くなっているので、若い観光客が増えています。このような観光客層を踏まえて、川越の観光開発についてのご意見をお願いします。
   
近津 私は10年前まで川越に住んでいて、まだ本籍も川越にあるのですが、一般的なことしか知りませんでした。そんな調子ですから、観光客が川越に来る前にどういうイメージをもっていて、来た後にどのようなイメージに変わるかというフォローアップが大切だと思います。

研究室の学生に白川郷の研究をさせているのですが、「秘境の歴史的な町」というイメージや「合掌造りの観光地」というイメージがあります。観光客は合掌造りが沢山あると思っているのですが、来てみると合掌造りだけでなく、普通の民家も沢山あるというギャップがある。生活する人にとっては合掌造りの家でなくてもよいわけですから、住民との話し合いを通して、どのような町のイメージを目指すかというのが一番重要で難しいのではないでしょうか。

   
馬場 私たちが他の土地へ観光に行ったとき、あまりにも観光化されたところは倦厭したくなります。自分たちの生活の場を暮らし易い環境にすることをきちんとした上で、それを他の土地の人達に観ていただくというのが本当の意味での観光ではないでしょうか。川越にテーマパークを作る訳ではありませんから、川越の魅力、つまり、その土地の「光を観る」というのが多分観光だと思います。
   
西澤

藤井さんは今のお話についてどうですか。

   
藤井 そこに住んでいる人が楽しく暮らしている様子を見て、観光に来られた人も、こういう暮らしがいいな、と思ってくれるような町がいいですね。自分が他の観光地へ行った時に、観光客しか入っていない店には入りたいとは思いません。地元の人が自分の町が好きで、その暮らしぶりをどうぞ観てくださいといえる町になればいいなと思います。消費のためだけの観光地になって、1度行ったからもういいわ、という場所にはなって欲しくないと思います。川越は普段着のきものが似合う町、タイムスリップできる町だと思います。
   
  3.伝統文化の保存と継承を大切にして
   
西澤 私が思うに「日本の古都」番付が、京都、奈良、鎌倉、次に川越が出てくればいいなと思っています。そういう位置付けの観光都市にするために、どのようにすればよいでしょうか。
   
馬場

昭和の頃の古い建造物を文化的な価値としてどう評価するかが大切で、それらをまちづくりにどう生かすかということでしょうか。川越の町は、天災や経済問題・跡継ぎの問題・行政の都市計画の線引き問題など、色々な障害を潜り抜けて百年〜二百年も残ってきたのですから、その意義をどうとらえるかということです。町の良いところを残して、これからのまちづくりにどうつなげるかということをきちっと考えないといけない。あれだけのものを今後も何百年も残すというのは、その家だけでは無理で、跡継ぎがいなかったり、経済的に破綻したら駄目になります。色んな前提があって残っているのだ、ということをきちっと提唱していくことが次のまちづくりの基本で、それが観光につながっていくかなという気がしています。
六本木ヒルズや汐留などの新しい都市再開発がクローズアップされていますが、川越はそれとは正反対に、古いものの再開発で対抗できるのではないかと思います。古い材料には事欠かないので、そこに新しいものをミックスして、人の魂に訴えかけるような町にすれば、六本木ヒルズには負けません。

   
西澤 観光客一人あたりの消費額が3000円〜4000円と言われていますので、年間400万人の観光客の消費額合計は120億円〜160億円になるのですが、地域の商店の方々はどのように感じておられるでしょうか。馬場さんは川越商工会議所の副会頭でもあるのですが、その辺りのことをお聞かせください。
   
馬場 はっきり申し上げれば、商店街の人はそれほど恩恵を感じていないと思います。なんだかんだ言いながら、実は産業ありき・商売ありきではなく、まず最初にそこでの生活があり、次に趣味などの文化が生まれ、その次に色々なものを売ったり買ったりすることで経済効果が生まれてくるものだと思います。川越の場合には未だそこまで行かず、どのように楽しく暮らすか、どんな文化が育つかということをきちっとやった上でないと経済効果が出てこないと思います。そういう面からいうと、経済効果が知らず知らずのうちに増えていくという方がいいのではないでしょうか。

以前のまちづくりは、市民と専門家と行政の手で行われていましたが、今はそこに企業が入ってこないときちんとしたまちづくりが出来なくなっています。今の企業はある程度の利潤を求めながら、地域の活性化に対してどう社会的責任を果たすかというのが大事になっていますから、経済効果だけを追求するのではなく、住まい・環境・健康・福祉を含めた快適さと魅力と活力を考えないといけない気がします。

   
  4.川越のブランドを活かして
   
西澤 観光客が魅力に感じるものには「川越のブランド」があると思うのですが、どんなものを思い浮かべますか。
   
藤井 今日、私が着ている「川越唐桟(かわごえとうさん)」という着物は、幕末から明治にかけて、江戸っ子の間でもてはやされたものです。庶民は絹を着られない時代に、木綿の織物で絹のような光沢があり、川越商人が歌舞伎の台詞の中でも宣伝させたものです。川越織物市場は、周辺からの織物の集積場所だったのです。私はかつての日本人の、普段着の着物文化を残していきたいと思っていますので、川越が普段着の着物を着て歩くのにふさわしい町ですよ、ということを発信したいと思っています。その結果、川越唐桟や普段着の着物を身に
付ける人が増えればいいなと思います。食べ物にこだわると、「お芋」ということになりますが・・・・。それよりも、東京から無くなった懐かしい暮らしぶりや、懐かしい物が似合う町であることをもっとPRしてもいいかなと思います。
   
西澤 ブランドにこだわると、「蔵造り」とか「小江戸」という名称は、商標登録してあるのですか。測量業界の一部で特許問題が騒がれているのですが、「阪神優勝」を商標にして阪神球団が困ったように、「小江戸」という名称を近隣の「小江戸」と名乗っている都市に盗られる心配はないのかと私は思っているのですが・・・・。
   
馬場 お酒の商標で「小江戸」というのがあったと思いますが、町自体をしめす「小江戸」という商標登録はしていないですね。平成11年(1999)に通商産業省関連のGマーク(グッドデザインマーク)は本当は品物につけるマークらしいですが、全国で初めて町並みとしてのグッドデザイン賞をいただきました。これも一つのブランドかなと思います。商標ではないが、その意義は大きいです。

また「小江戸」を名乗っている川越、栃木、佐原が手を組んで、小京都連合会に似たものを作り、小江戸サミットも開いています。他の町にも参加を求めているのですが、なかなか参加してくれないのが現状で、小京都が全国版のネームバリューなのに対し、小江戸は関東だけの狭い分野なのかも知れません。また、蔵造りの町は全国にあるのですが、専門家の目から見ると、蔵にも独特の建築デザインがあって、地域ごとに全部違うようです。

随分前になりますが、川越独自の商品の商標登録を作っていこうという動きがありました。色々な商品が「小江戸」という名称を付けていたので、商工会議所で画一化していこうという話にはなったのですが、どうも画一化というのは川越の風土に合わないみたいです。個々の商店がなんとなく好き勝手にやっていくことで川越の雰囲気が出ているようで、やっぱり商人の町なのですね。他の城下町ですと権力を持った武士階級による系列がきちんとあったのですが、川越の場合には藩主が次々と変わっており、明治維新の時も藩主が変わったばかりでしたので、武士階級の力よりも商人の力が強かったようです。そのような商人気質を根強く持っており、100年以上も商家を営んでいる店が100店以上あり、それらは、それぞれうまくやっているので、まとめていくのはなかなか難しいところがあります。

   
西澤

地方の観光地には必ずといってよいほど、地元の自慢の酒・ビール・ワイン等があります。川越にあった古い造り酒屋さんが、最近、廃業されましたが、酒類のブランドはいかがですか。

   
馬場 元々、川越には数件の酒造会社があったのですが、今は川越独自の酒がなくなってしまいました。最近廃業された鏡山酒造の跡地が約1000坪あり、明治・大正・昭和の時代に造られた大きい蔵が残っていますので、市で買っていただいて、その建物を上手に利用すれば、観光の一つの目玉になるかと思います。ビールに関しては、芋を原料にした「小江戸ブルワリー」という地ビールがあります。美味しいか不味いかはともかくとして・・・・。
   
  5.観光情報の発信が何よりも大切
   
西澤 川越を訪れた人から、観光ガイドブックの標識が統一性に欠けるのではないかという意見を聞いたことがあります。また、観光地図に距離表示が無いものがあり、どれぐらい歩くと蔵造りの一番街に辿り着くのか分かりづらいという意見も出ています。川越城本丸御殿でバスが来るのを15分待っていたが、一番街まで歩いても7分ほどの距離でしかなかったという話しも聞こえてきます。ですから、駅や要所要所にインターネットに繋がったディスプレイを置き、観光客が操作できるといいのではないかということですが・・・・。
   
馬場 地図は、いいものがいっぱいあります。商店街が独自に作っているものもあります。地元の人が行きたい店のマップや、町会のマップなど色々な種類のものがあるのですが、機能していないようです。
   
近津 川越にある江戸・明治・大正・昭和のそれぞれの時代の建物情報を一括して見られるように、これらの建物の三次元画像をデジタル地図の上に貼り付けたCDを作ると、観光客にも喜ばれると思いますよ。
   
西澤 川越の観光客が多いのは、川越のPRがかなり行き届いているからだと思うのですが、どのようなPRをされていますか。
   
馬場 先程お話したように、蔵造りは自分達がPRしなくても、建築の先生や専門家がPRしてくれているのです。また、川越では年中、何かの行事をやっていますよね。警察の方も驚いていますよ、警備が大変だと。例えば1月には、初詣の氷川神社、3日からは初大師があって30万人以上の観光客が訪れます。2月には3日の節分、3月は春まつりといったように年中行事が続きます。人を呼び寄せる仕掛けづくりを欠かさないようにしています。

また、市長さんの発案なのですが、「去年は江戸開府400年だけど、今年は家光ここにあり」ということで、「家光公生誕400年」で川越をPRしようということになりました。喜多院のご協力で、今、座談会のために使わせてもらっている部屋の上段の間(国指定重要文化財)は江戸城から移築したものですが、3代将軍徳川家光公がお生まれになった部屋です(図−1)。今後も行政と住民が協力して、常に新しいイベントを仕掛けていこうとしています。これが出来るのも、川越にはイベントを企画できる題材が豊富にあるからなのでしょう。

   
西澤 馬場さんがおっしゃるセレモニーやイベントの仕掛け作りの上手さは川越の商人の知恵だと思いますね。
   
  6.そのために解決しなければならない課題も・・・・
   
近津 川越で一番気になるのは一番街を走る車です。小さな子供と手をつないで歩ける街ではないです。せめて、あの一帯だけでも交通規制するとよいと思うのですが、出来ないのには何か理由があるのですか。
   
馬場 大正浪漫夢通りをどのような商店街にするかを検討する大正浪漫委員会を作ったのですが、委員会の意見は、車を通さない方がいいというのが圧倒的でした。車のシャットアウトが無理なら、せめて土日だけでもシャットアウトもしくは一方通行にすべきというのが8割以上を占めました。ところが、いざ実行に移そうという段階で商店主が関わるようになってから、交通規制の計画は宙に浮いてしまいました。一番街でも同じですが、車の走行が危険なのは分かっていながら、なかなか実施に移せないのです。

一つの契機として、平成17年(2005)に一番街の通りを部分的なモールにして、一方通行かシャットアウトしようという意見があるのですが、商店主はなかなか「うん」と言ってくれないのではないかという気がします。交通事故が起きたら、警察や行政の指導で一方通行になる見込みもあると思いますが、事が起きてからでは遅いですよね。商店街の立場から言えば、現在は車社会ですから郊外の大型店にどんどん客をもっていかれてしまうので、中心市街地の商店が生き残るには、車で来て色々な店で買い物ができるようにしてほしいということです。

でも、これからの商店街の活性化には、車をシャットアウトして歩いてあちこちの店で買い物が出来るようにしたほうが、個々の商店の努力で商いができてよいと思うのですが、そのことが未だ理解されないのです。今のままでも、まあまあの商売が成り立っているから、交通規制の商売上のプラス面を分かってもらえない。商売が傾いてから立て直すのは非常に大変ですから、今のうちにそれをどう理解してもらうかというのが大変に難しいですね。

商店主も世代交代が進んだ結果、今から20年前の非常に悲惨な状態だった頃の事が忘れ去られている。電線が地中化され街が美しくなったので、危機感が殆ど感じられない。もっとも、今の状態をクリアすることに精一杯で、先のことを見ていないというところも感じます。それと、もう一つ忘れてはいけないのが、川越は元々交通の要衝地であったことで、その機能を維持しながら交通問題を解決していかなければいけないという難しさがあります。

   
藤井 川越で人力車が始まりましたが、安心して乗れるような対策が必要でしょう。観光客だけでなく、エコロジータクシーとして地元のお年寄りの買い物の足代わりなど、人力車を上手く活用すれば、車社会とも合理的に付き合っていけるように思うのですが、どうでしょうか。
   
近津 川越から八方へ放射状に道路が延びていますので、一般車両の進入禁止など何らかの交通規制をするためには、適切な箇所に複数の駐車場を設置する必要があります。どこに駐車場を設けるかという場所の選定は非常に重要で、交通量や観光客の数や年齢構成、観光スポットの位置など様々な空間データや統計データを使って、GISのようなシステムを駆使して空間解析する必要があります。また、駐車場の空き情報を運転中のドライバーに知らせたり、道案内するGIS機能を備えたシステムも必要になる。測量やGISの分野の活躍の場が、観光産業の中にも沢山あるように思います。
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